ギタリスト/尺八奏者 オガタマモルのブログ

広島を拠点に活動するギタリスト/尺八奏者のブログです。
ウェブサイト http://marumogata.weebly.com

中学校になって、
音楽を意識し始めた、というところまで書きました(前回)

楽器を始めるにあたって、健康ではなかった、
という点も大きく影響しています。
中学校になると部活が始まり、もれなく参加することになっていた
(と思う)ので何かの部を選んで入部しなければなりませんでした。
この回で述べられている疾患により、
医者から激しい運動はしないほうがいい、と言われていたので
運動部は選択肢から除外。
短距離に限り、足がそこそこ速かったので陸上部に入って
もっと足が速くなったらいいなぁ、と思ってましたが。

体調不良なのかその疾患のせいなのか運動不足なのか何なのか、今となっては不明ですが
体育の授業で1,500m走ったあとで呼吸困難になり病院へ、、という事もありました。
大人になってから10km走っても平気になったので、本当何だったんだろう。
体調は常にうっすら悪かったです。

さておき、運動部はダメだから文化部…
音楽好きだからブラスバンド部に入りたいなぁ、と思っていましたが
2つ上の学年の姉が所属していました。
周囲の男子から一目置かれる存在(tabun?)だったり
生徒会に入っていたり少し目立っていた姉
と自分が比較されるのがとても嫌だったので(思春期ですね)諦めました。

で、ちょこちょこと絵を書くのが好きだったので美術部・・・ではなくて
絵を書くだけの描画部に入部。
デッサンや油絵を数点書きました。
数点…というのは途中であまり部活に行かなくなったのです。
時々顔は出してたのかな…あまり覚えてませんが

ここでも姉をいちいち引き合いに出す先輩の存在と、
思春期からどんどん内向的に磨きがかかる自分といろいろあって
足を運びづらくなったのです。

ひたすら対象物を観察して絵を書くのは好きでしたけどね。
部活の思い出というと、その年の教育実習の女性の先生が
描画部の担当?で部活に参加しており、ちょっと絵を教えてもらったり
廊下で合うと「おがたくーん」と手を振ってくれたりとドキドキしておりました。
自意識過剰をこじらせて異性と会話も出来なかった自分にとって
大学生くらいの先生はちょっと刺激が強すぎました。恋していたかもしれません(知らん)
といってももう名前も思い出せませんが(笑。
その時だけは何となく部活に行くのが楽しかったです。
その節はありがとうございます。

淡い話は置いといて、中のいい友達はみんな運動部(ソフトテニス部が多かった)なので
帰宅部になり始めた僕は一人で帰宅することが多く、もちろん遊ぶ相手もみんな部活ですので
部活が休みでない日は、一人家でゲームしたり録画した番組をみたりしてました。

中学似年生の頃、
暇を持て余して引っ越しの荷物が押し込まれてカオスな状態の押し入れの捜索を開始。
そこで弦のかろうじてつながっているガットギターを発見。

聴くと母親がフォークソングブームの時に購入したが
ほとんど弾かずに放置していたものらしい。

エレクトーンと違って自分の自由に使える楽器ということで
近所の書店で購入した教則本と音楽の教科書の裏に数ページだけあるギターの説明を頼りに
弾き始めます。

チューニングは音楽の教科書で覚えました。
でそこに載っている「一週間のうた」を弾いてました。
ロシア民謡…いやぁ暗いですね(笑 

教則本にも数曲課題曲が乗ってましたが、ちょっと世代が違って
乗っているので知っているのが「神田川」
いやぁ、暗い。
どちらもEマイナーとB7

が、初心者にはとっつきやすいコードベスト5に入るコードだったので
1週間くらいで形になったような気がします。

居間で学校から帰って数時間毎日取り組んでました。
夕方になると家族にうるさいなどと言われつつ、
気にせず夢中になっていたことを思い出します。

ゲームと同じように「練習しなければ」みたいな気持ちはなく
本当に「早く帰ってギターを弾きたい」だけでした。
学校にいるのがとても窮屈で上級生はちょっと怖いし、その他色々ありますが
とにかくいつも早く帰りたいと思っていたような気がします。

1,2ヶ月後にたまたま見つけた「ユニコーン 弾き語り全曲集」を入手してから
夢中の度合いは加速しました。毎日聴いてるあの曲がギターで弾ける!と。
中には弾き語り無理やろ、っていう曲も無理やり弾き語りアレンジしてありましたが…
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現物は紛失。ボロボロになるまで使いました。

ネットもなければ本も満足に買えず、ギターをやってる友達もいない
(自分の知る限り、同級生ではギターをやっているのは他に一人しかいませんでした)
ので音楽番組のギタリストを凝視したり(ギターソロのときはボーカル映すな❗と思ってました)

とにかく、半年くらいは毎日数時間ガットギターでポロポロとやってました。
その弾き語り全集に入ってる曲は大体弾けるようになっていた気がします。
同級生は一人なので多分もう学校で一番上手かったでしょう(笑)

半年くらいするとガットギターじゃ物足りなくなって
エレキギターが欲しくなり、買ってもらうことになるのですが
長くなったので、それはまた次回。




 

広島は雨も一旦落ち着いたので続きを書きます。
週末また降りそうですけどね…

過去を振り返ることで今の自分のルーツを再確認する、
というコーナーです。
自分語りをつらつらとしているので、
ためになることが書いてあるわけではありません。

前回 はミニ四駆と地域格差について 

いちおう時系列に書きますが、
話の途中であれこれ時間軸がずれるかもしれません。 

さて、ぼちぼちギターが出てくると思います。

小学校の間は特に音楽に対する意識をほとんどせず
リコーダーでドラクエの曲をコピーして遊んだり
エレクトーンでドラクエの曲の楽譜を見つけて弾いてみたり
したくらいです。ちゃんと弾いたかどうかは記憶にありません。

自分もこれをやってみたい!という強い思いがあったわけではありません。
手近にあるおもちゃで遊んでいただけという。

特に憧れの演奏家!みたいなものもないですし。

ただ、楽器を弾くのは楽しかったですよね。
人に見せるとか将来どうなるとかお金をもらうとか関係なく、
自分の思ったように音を作って色々遊ぶことができる。

ゲームと同じ、今この瞬間に夢中になれる、没頭できる、それが楽しかった。
周りの人にどう思われるとか関係ない、自分だけの世界ですね。
今でも、演奏中に周りの事を気にしすぎるとうまくいきません。
時々夢中に、無になれる瞬間があるのですが、いつもあるとは限らないので…

この頃から学校サボりぐせがちらほら出ていたので、
暇すぎてエレクトーンを弾いてみたり。

サボりが一番ひどかったのは中学校1年生の冬。
風邪をこじらせて高熱1週間程度、休んで、、治ったのですが
何となく学校に行きたくない。
というわけでずるずる1ヶ月くらい休みました。ある意味登校拒否ですね。

誰かにイジメられていたわけでもないですし、成績もまだ落ちてなかった。
中のいい友達も少ないながらいたので
明確な理由はその時もわからなかったのですが、
周囲と自分の意識のズレとか過剰な自意識とか色々なものが影響していました。たぶん。
休みまくって気が済んだら、あとは勇気を出して学校にいくだけ。
休んでいる間は教育テレビ見たり、録画したジブリのアニメを何度も見たりしてました。

今なら軽いうつだとか何だとか診断が下りそうですね。しらんけど。

このへんで、JPOPはミリオンヒットとか続出してきて、音楽番組も増えたり変わったり
姉も色々聴き始めてたのでその影響を受けて自分もちょっと音楽に興味が出てきます。

上の姉はドリカム。下の姉はXとか好きで
エレクトーンの練習とともに部屋から漏れ聞こえる音楽を聴いてました。
(ドリカムはひたすら流れてたので曲名は知らないけど曲は結構知ってます笑)
(Xはギターを始めた関係で自分も聴くように弾くようになり、結構詳しくなりました笑)

僕は、あまり説教臭いというか、無理やり明るい、元気をあげようとしてくれてる
歌詞の音楽が好きになれなかったので音楽番組も聞き流していました。
今の言葉で(今の言葉なのか?) 陽キャの音楽ですね。間違いなく僕は陰でしたから。

で、僕はなぜか姉が聴かなくなったからあげる(売って?)
というカセットテープとシングルCDをもらいました。

それが当時すでに解散していたユニコーンでした。
「大迷惑」のシングルと「VERY BEST OF UNICORN」と「ヒゲとボイン」のカセット。
カセットの方は長さの都合で「人生は上々だ」がA面途中で終わっているという。
他にスピッツやXのカセットとかも確かありましたがその当時はあまり聴いてません。
今は大好きですが。

ロックバンドがサラリーマンの歌を歌ってる。。
甘いラブソング(甘くないラブ?ソングはあった)とか頑張れソングを全く歌わず、
世の中を茶化したり面白く歌っているのが楽しくて
毎日そのCDとカセットを繰り返し聴いてました。

学校にいって授業が退屈でも音楽が脳内再生できるくらい。

シングルCD1枚、カセット1,2本、
あとはCD-ROMで発売された天外魔境Ⅱというゲームのサウンドトラック
(後でしったけど音楽は久石譲さんでした)
始めて自分のお金で買ったファイナルファンタジー4のアレンジ版アルバム
-ゲームの音楽をアイルランドのミュージシャンを使ってアレンジ。ケルトな感じが好きでした。
(ゲームのCDをCDプレイヤーにかけると音楽だけが流れてサントラになった!)
これを日替わりで寝る時に聴きながら寝ていました。
宿題するときもかけっぱなし。
まだギターは初めてないかな。

というわけで、
いちおうロックバンドの括りだけどジャンルが良くわからないバンドと、
インスト音楽 - ゲーム音楽、民族音楽の流れ(アイルランド→日本へと向かいますが)
という自分の志向、要素はこの中1の時点ですでに確立されていたのでした。

続く。
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当時のカセットテープも車も電話も無いけれど。
FF4の方の植松伸夫氏のインタビューをずっと読んでました。

音楽の話を書くとそればっかりになるので
もうちょっと当時のエピソードを絡めたいと思います。。

割と個人的なエピソードばかり書いてたので箸休めです。

スーパーマリオブラザーズは1986年、34年前のゲームなんですけど、
息子が今遊んでも夢中になります。すごいですよね。
もちろん8bitで画がカクカクだったりってのはあるんですけど、
ゲームの面白さは変わらない。
その面白さの秘密ってなんだろうね。って。

その時代ごとの技術で色々外面は変わっても
根本的なゲームの面白さってのは色褪せないんですよね。

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この本を読んだり
任天堂の開発エピソードを色々読んでみたりして
改めて考えてます。

マリオの開発話とかワクワクしますね。

本はこの任天堂サイトのコーナーの抜粋だったので、
ちょっとずつ書籍化されてないところも読み漁ってみようと思います。
 

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